―思ふに遠野郷には此類の物語猶數百件あるならん。


我々はより多くを聞かんことを切望す。


國内の山村にして遠野より更に物深き所には又無數の山~山人の傳説あるべし、


願はくは之を語りて平地人を戰慄せしめよ。

―柳田國男




第弐話「民話の里遠野へ」


「ようやく来たか……」
 長髪の黒髪の少女と別れてから約1時間、ようやく遠野行きの列車が到着した。あれから1時間、流石にただ物思いにふけっているだけの時間潰しには堪え難かったので、この間古本屋で購入した『国民の歴史』を読んでいた。
 この本、厚さが700ページ以上あるというのに、4、500円で売られているというお徳感があった為、購入に踏み切った。
 こうして旅をしている以上、暇な時間というのは毎日の如く訪れるものだ。暇を潰すには書物に目を通すのが一番健康的だが、旅の身で何冊も持ち歩く訳にはいかない。それに、収入も不安定の身では本に金を掛ける訳にも行かず、古本に頼らざるを得ない。
 そういった理由から所有する本は基本的に一冊であり、読み終えたらまた売り、新たに古本を購入するの繰り返しである。
 この本は、まだ100ページ程しか読んでいないが、今までの自分の持っていた既存の知識を壊し、新たな新鮮な知識を与えてくれるその内容には敬意を評したい。それにこれを読めば米国と日本に嘗て戦争があった事すら知らぬ現代の不徳な若者共に、多少なりとも優越感を持つ事が出来るだろう。厚さが厚さだけに読むのは大変だが、その優越感に浸れるだけで充分読む価値がある。
「ふう…」
 電車に乗車し、早速席に座る。平日だけに乗車している人は少なく、座るのに苦労はしなかった。また、急行電車だけに椅子がしっかりしており、久し振りに快適な旅を満喫出来そうだ。
 数分後、車内アナウンスと共に電車が走り出す。急行という割にはあまりスピードが出ていなかったが、椅子の形状が普通電車のように窓と平行した形ではなかったので、移り変わり行く景色が良く観察出来た。
 新花巻駅という新幹線駅を兼ねた駅を過ぎて暫くすると、名前は分からないがそこそこの大河に出た。その先からは景色が変わり、周りが森林に囲まれてきたのでいよいよ本格的な田舎に入ると思ったが、また市街地が広がってきた。
 急行なだけにいくつかの駅は小石のように黙殺され、そして途中土沢駅という駅に止まった。その僅かな時間、私の目には面白い看板が入ってきた。
「銀河鉄道始発の駅……?」
 看板にはこの駅が宮澤賢治の『銀河鉄道の夜』で銀河鉄道が発車する銀河ステーションの元になった駅とあった。そういえば以前釜石線の前身の線路が銀河鉄道の元になったと何かの本で読んだ気がする。
「フ……、ここは銀河ステーション、発車する銀河鉄道は白鳥座ノウスクロスを経由し、そして行き着く先は南十字星サウザンクロスの停車場か……」
 さすればここから先は銀河鉄道、多くの星々に囲まれた旅の始まりだ。実際に私の前に覆い尽くされていたのは幾億の星々ではなく森林に囲まれた村落であったが、それでも私は銀河鉄道に乗って星々の海を旅する想いに浸っていた。
 遠野に近づいてきたら駅員が声を掛けてきた。どうやら乗車券を拝見したいとの事だ。普通電車では今時乗車券の拝見などしないが、急行電車なだけにその辺は抜かりがないようだ。持っていた切符は平泉からの普通乗車券と花巻からの急行乗車券であったが、私は銀河の果てまで行ける3次空間切符を見せる気持ちでその切符を駅員に見せた。
 無数の星々を駆け巡り、銀河鉄道は遠野の停車場へと辿り着いた。私は下車し、銀河鉄道がサウザンクロスを目指して再び走る行くのを見送り、ホームを後にした。
 ホームから駅舎まで移動する間、自動販売機やら階段の途中など至る所で河童の絵が目に焼き付いた。河童は遠野の名物の一つであるというからそれ自体はさほど不思議ではないが、それにしても随分と可愛げのあるキャラクター性の強い絵柄だ。
 河童というから爬虫類や両生類の類のもっと生物的なイメージを持っていたが、そんな絵柄では観光客はオカルトマニアの類しか寄り付かないだろう。故に、生物的な絵柄でなくなっているのは当然の帰結と言えるのかもしれない。
 とりあえず今はその考察は敢えてせず、旅の軍資金を調達する為、遠野駅の前で法術の披露と行こう。



「さて、お集まりの老若男女の諸君、見合え見合え。これから始まる芸はそんじょそこらでは滅多に見られぬ摩訶不思議な芸なるぞ」
「……」
「まずお手に入れますはこの古ぼけた人形。この人形種も仕掛けもあらねど、我が手をかざせば摩訶不思議!」
「……」
「何と、種も仕掛けもなき人形、命を吹き込まれたかの如く動き出ずる!!」
「……」
「虚しい…全てが虚しい……」
 遠野駅前の広場に出たものの全く人気ひとけがなかったので、虚しさを紛らわす為広場にあった池とそこに飾られている河童の銅像を相手に法術を披露した。しかし、銅像の河童が動き出す筈もなく、ただ虚しさがより一層積み重なっていくだけだった。
「酷いよかわうそ君、僕のお姉さんはボインじゃないよ……」
 河童の気持ちになって考えてみたがやはり動き出す事はなく、虚しさは極みに達した。
「ふうん、何をやっているかと思えば随分とつまんないことしてるわね」
「何だとっ!」
 ようやく人が来たかと思えばいきなり誹謗中傷の言葉を投げ掛けられたので、私はその声の方に向かい、反射的に振り向いた。するとそこにはTシャツ1枚に太股辺りまでの至極短いスカートを履いた年端15、6の少女だった。
「そこの小娘、一体私の芸の何処に不満があると言うのだね!!」
「不満も何も今時そんな芸じゃ子供も寄り付かないわよ。例えば髪を金色に変化させながら掌を重ねて光の玉を出すとか、指パッチンで岩を砕くとか、素手でモビルスーツを破壊するとかしなきゃ」
 訳の分からない無理難題を押し付けるなと言いたかったが、しゃがんでこちらを見つめている為少女の胸元に自然に目が行ってしまう。肉質があり膨らみと弾力性に富んだ少女の胸元、Tシャツの脇からブラの紐が見えないので恐らくノーブラだろう、もう少しで胸の先端が見えそうだ。
 こんな小生意気な小娘の胸の先端など見るに値しないと思いたい所だが、悲しい男の(さが)というもので、私の目はその胸元から離れそうにはなかった。
「南斗水鳥拳奥義! 飛翔白麗!!」
「へぶすっ!」
 少女の胸元に目線を集中していたら突然両肩に負担が掛かり、私はその場に倒れ込んでしまった。
「情けないわねぇ、この程度で倒れ込むなんて……」
「くっ、不覚させ取らねば小娘如きにぃ……!」
 しかし、どうやってあの体制から攻撃に転じたのだろう。動きが全く見えなかった。
「あはは〜、悔しかったらわたしに追いついてみなさいよぉ〜」
「ちいっ、この女狐めぇ〜」
 その少女は私を嘲笑いながら走り去っていった。激怒しその後を追おうとしたが、少女が走る毎に揺らめくスカートから垣間見える下着に鼻栓が緩み、あろう事か鼻から出血し出す。情けないことだが普段女性と交わらない生活を続けている為、どうもこのようなシチュエーションには性欲が高騰されるらしい。
 しかし、相手が15、6辺りだったのはまだ幸いであった。これが12〜3歳であったなら私は社会から封殺される運命だっただろう。もっとも、現状でも社会から封殺される立場ではあるのだが、身分的な立場で封殺されるのは構わないが、性的欲求の異常で封殺されるのは御免こうむりたい。
「見失ったか……」
 そうこうしている内に少女の姿を見失ったので、とりあえず辺りを詮索してみることにした。
(これが遠野……?)
 辺りを詮索して私の目に入ってくる風景は以外であった。民話の里というから辺りは昔ながらの日本山村風景が連なっているかと思いきや、そこには山村などではなく、田舎の小都市という感じの町並みが連なっていた。

 

『実際に行けば分かります……』

 駅前から100メートル程歩いて、私にはようやく花巻駅で出会った少女の言葉を理解した。つまり、ここにある遠野は遠野物語に描かれている遠野ではなく、現代の一自治体である遠野に過ぎないという事だ。
 しかし、よくよく考えればそれは当然と言えるかもしれない。そもそも街というのは人々の営みが反映されて築かれているものだ。人々の生活が現代的になれば、古都保存法で守られていない限り、住居も自然と現代化するのは常だろう。
 そう―、平泉がそうであったようにこの遠野も同じなのだ―。
「『五月雨に流れて消ゆる遠野郷』か……」



 変わり果てた遠野郷を歩いていると突然雨が降り出して来た。「五月雨に」などという詠を詠った報いなのだろうか、降り出した雨は勢い良くまるで槍で突き刺されたように私の体に降りかかる。
 私は雨を避けるように勢い良く走り出した。何処か雨宿り出来る場所はないか、獲物を見つけた肉食獣のように猪突猛進に駅前から連なる道路を一直線に駆け抜ける。
 いくつかの交差点を越え坂道に入った。坂道を駆け抜けると、目の前に神社が見えて来た。道はそこで途切れていた。仕方ないので私は近くの建物に走り込んだ。
「ふう……」
「いらっしゃいませ〜」
「えっ!?」
 建物の中に入ると休む間もなく係員らしき女性に声を掛けられた。
「入館料は大人300円です。また、『遠野昔話村』の共通券は500円となっております」
「い、いや私は……」
 いきなり入場料と言われても対応に困る。咄嗟に入ったのでここが何処だかさっぱり分からないが、入場料と言っているから博物館か何かなのだろう。いずれにせよただでさえ金に苦労しているのだから、例え数百円でも博物館などに金を浪費する義理はない。
「なぁに、冷やかし? じゃあ雨に濡れて女とかパンダにでもならない限り、帰った帰った」
「何だと! 客に対してその態度は失礼千番だぞ!」
「あら、博物館などに金を浪費する義理はないと思っているくせに」
「なっ、何故その事を……。むっ、貴様は!」
 初対面の者に訳の分からない語彙を使うものだと思っていたら、目の前にいた係員は駅前で私に不敬な態度を取ったあの少女だった。いつの間に着替えたのか、駅前に居た時の露出度の高い服装とは違い整然としたスーツ姿だったので、同人物だと気付くのに時間が掛かった。
「今頃気付いたの? よくそんな鈍感で法術を使った芸で食って来れたわね」
「五月蝿い! 貴様に気付くのが遅かったのとこの力とは……って、貴様、何故この力の名前を……!」
 確かにこの少女に間接的ではあるが芸を披露した。しかし、それが種もなく法術というのを使用しているとは一言も言っていなかった筈だ。
「兄様から聞いたのよ」
「兄様……。もしや貴様が……」
「そうよ。貴方が電車で会った人の妹よ」
 成程、彼女があの青年が言っていた博物館で働いている妹か。しかし、それでも腑に落ちないことがある。
「しかし私は彼に自分の名前までは語らなかった。何故外見だけで同一人物と判断出来たのだ?」
「簡単なことよ。貴方が芸を披露する人間だと前もって知っていたのだから、あとはその現場に居合わせれば同一人物だと判断出来るわ」
「成程。ん……ということはひょとして貴様は私の確認をする為にあの場にいたのか?」
「そうよ。兄様と別れた時間から貴方が乗るであろう電車の到着時間を計算してね」
 この少女、初対面の時は随分と小生意気な小娘だと思っていたが、話していく内にそれなりの論理性を持った者であることが分かって来た。博物館に勤めているというのは伊達ではないということか。
「それからわたしのことを貴様なんて言わないでね。わたしには相沢真琴あいざわまことっていうれっきとした名前があるんだから」
「むっ、一時的な感情とはいえ婦女子に対して『貴様』とは失礼した。成程、真琴という名前か……。そちらが名を名乗ったならばこちらも名乗るのが礼儀というものだな。私は姓は鬼柳、名は往人だ」
「鬼柳さんね……」
「ん、何だ客人か?」
 真琴嬢と話をしていたら、カウンターの後ろの扉から女性が現れた。ショートの髪でスーツ姿の女性。年齢は私と同じから2〜3歳上という所だろうか。
「あ、ひじりさん。今日の朝話していた兄様と電車で会った人よ」
「フフ、そうか君が……。まあ、外はこんな天気だし、中で茶でも飲んで行ってくれ」
「雨宿りが出来るならばそれで構わんが……」
 元々雨宿りが目的でこの博物館に入ったのだから誘いを断る理由は特になく、私は奥で茶を戴くことにした。



「それにしてもよく降るな……」
 雨が降り出して半刻は過ぎただろうか、通り雨かと思っていた雨は止む事無く勢いを増し続けていた。
「梅雨の末期だからな。急に降り出して激しく降り続けるのは珍しいことではない」
 聖という女性が茶を運んで来て、そして私が座っているテーブルの対面に座る。
「自己紹介がまだだったな。私は霧島きりしま聖、一応この博物館の館長だ」
「館長か。私と余り違わぬ年齢に見受けられるが、その割には大層な役職に就いてるものだ」
「ここの前館長は私の父だったからな。一種のコネで今の地位に就いているようなものだ」
 差し出された茶を飲みながら霧島女史の話を聞く。ハッキリとした口調で話す霧島女史は若いながらもそれなりの風格を感じさせた。
「ところで、今日はこれからどうするつもりだね?」
「そうだな……」
 未だ止まない雨音を聞きながら私は思考する。もし雨が降っていなかったとしたら付近を探索したであろうが、この雨ではそれも叶いそうにない。とすれば、昼寝をしているか本を読むかだろう。
「何も予定がないのならこの博物館を見学でもすればいい」
「一応頭に入れておく。とりあえず今は長旅の疲れを癒したい。済まんが暫くここで寝させてはもらえぬだろうか?」
「構わんさ。昼頃になれば起こすだろうから、それまではゆっくり休んでいてくれ」
 霧島女史が茶を片付けたのを確認すると、私はそのまま来客用のソファーに眠り込んだ。



「ザメ波ー!」
「ぬはっ!」
 気持ち良くソファーで寝ていたら突然衝撃波を食らい、私は壁に叩き付けられた。
「な、何だ今の衝撃波は……?」
「ドラクエの目覚めの呪文よ。どう? ちゃんと起きれたでしょ」
 ドラクエ……確かかのファミリーコンピューター初のロールプレイングゲーム、「ドラゴンクエスト」の略称だったと思う。しかし、先程のは呪文というよりは強引に吹き飛ばしたとしか考えられないのだが。
「で、私を起こしたということは、昼時になったということだな?」
「ええ。ちなみにご飯は自前で用意してね」
 資金不足なので出来れば恵んで欲しかったが、流石にそうは問屋が下ろさないようだ。もっとも、こんな小娘に恵んでもらう位なら、敢えて餓死を選ぶであろうが。
「まあ、条件次第では恵んでやってもいいわね」
「何? 真かっ!?」
 朝令暮改にも満たない速さで私は前言を撤回し、真琴嬢に媚を売った。やはり食欲という生物が前提として持っている本能には、それ以後に形成された人間の理性というのは敵わないものなのだろう。
「して、その条件とは?」
「貴方の法術でこの『超合金魂 ライディーン』のゴッドバードチェンジを成し遂げたなら恵んでやっても良いわよ」
と、真琴嬢は部屋の片隅に立て掛けられていた顔がファラオの仮面風のロボットを私の前に差し出した。
「で、その『ゴッドバードチェンジ』とは如何なるものなのだ?」
「それはね……ここをこうして……」
 真琴嬢が手を動かしてそのロボットをいじり、ライディーンなるものは人型から鳥型へと変形した。
「つまり、その動作を私の法術で行えと?」
「そうよ」
「そんな小難しいことが出来るものか!」
 自慢ではないが、私は今ま自前の人形より精巧な物は動かしたことがない。それをいきなりロボットを変形させろなどとは土台無理な話である。
「そう、残念ねぇ〜。もしそれが出来れば毎日聖さんが進んで恵んでくれるのに……」
「私の辞書に不可能という文字は存在せぬ!!」
 多少困難な事ではあるが、それにより毎日の食を確保出来るのであれば挑戦する価値は十分にある。とりあえず私は変形を貫徹させる手始めとして、このロボットを歩かせてみる事にした。
「じゃあ頑張ってね。私が後で聖さんに披露出来る舞台設定をするから」
 真琴嬢が部屋の外に出るのを見送ると、私は早速ロボットに対し法術を使った。
(対象はいつもの人形より大きいが、容量は同じ筈だ……)
 このロボットを動かすに辺り、私は母から教わった法術の使い方を思い起こした。母の言葉はこうだった。その動かす対象物を自分の体の一部と認識しろと。例えばこの古ぼけた人形。この人形の手は自分の手、体は自分の体として認識しろと。そして精神を集中させて自分と人形とが一体となった時、初めて人形は動くと……。
(精神を集中させて……このロボットと自分を一体化させて……)
 しかし、反応なし。ロボットは全く動く気配がなかった。このままでは埒があがらないので、このロボットが一体どういう構造になっているのか手に取り確かめてみた。腕や脚は普通に動くようだ。他にも色々な武具が取り付けられているが、この際重要なのは腕や脚などの大まかな稼動部分だ。一体整形で全体が布や綿で構成されている人形とは違い、腕や脚の接合部分はそれなりに強固に作られている。
(稼動するように作られているとはいえ、これでは動かすのは容易ではないな……)
 しかしもしこれが動かせたなら、ここでの生活は暫く安泰だ。そんな訳で私はこのロボットに対し、昼食も取らないで数時間の戦闘に及んだ。そして……、
「う……動いた……」
 苦闘の末ようやく右腕を僅かだが動かす事に成功した。しかし私は目標を達成した安堵感に体の力が抜け、その場に倒れ込んだ。
(くっ、成功したとはいえ、身体が持たんのでは話にならんな……)
 辛うじて意識は保っているが、このままでは食料補給をしなければ再び立ち上がることは望めそうにもない。
「助けてアンパンマン……」
 余りの空腹の為、思わず顔がアンパンの潔癖症ヒーローの名を呼んだ。残念ながら救援に掛けつける様子は全くなく、午前から降り続いている激しい雨の音だけが無情に響いていた。
「第一空挺部隊、ただいま到着〜」
 だがその瞬間扉の先から女性の声が聞こえて来た。声から察するにアンパンマンではないようだが、この際メロンパンの方でもいいので、とにかく何かを恵んでもらいたいものだ。
「目標未確認、これより索敵行動に移る!」
 ドアが開く音がし、声の主が中に入って来た。それにしてもこの口調、航空自衛隊員か何かなのだろうか?
「あっ、人が倒れてる〜」
 倒れている私に気付き私の方に近付いて来た。これで後は声を掛けて交渉に臨むのみである。
「もしもし〜」
「……」
 しかし体調は既に臨界点に達しており、声を出すことすら出来なかった。
「へんじ が ない ただの しかばね の ようだ」
 そうなりかけてはいるが、私はまだ屍ではない。そうツッコミたかったがもうそんな余力は残っておらず、私の意識は徐々に遠ざかって行った……。



「こ、ここは……!?」
 一体どれ程意識を失っていたのだろう、気が付いた時には見知らぬ部屋の蒲団に横たわっていた。
「おお ゆうしゃよ しんでしまう とは なさけない そなたに もういちど チャンス を あたえようぞ」
「なぬっ!?」
 王宮調のクラシックの音楽が何故か流れており、目覚めた眼前にいたのはショートの少女であった。声から察するに、私が意識を失う前に聞いた声であろう。
「お姉ちゃ〜ん、起きたよ〜」
「そうか、それは良かった」
 その少女は姉を呼び出し、現れたのは霧島女史であった。
「霧島女史!」
「そうだ、如何にも私が超考古学者スーパーロボット発掘専門の霧島博士だ」
「は?」
 妙な自己紹介をされ、私は呆気に取られた。
「冗談だ。それよりも体調の方はどうだね?」
「あ……ああ。意識は回復したが何分食料を補給していない故、動く事すらままならぬ」
「そうか。まあ、そんなことだろうと思い食事は用意して来た。今日はそれを食べてゆっくりと寝ることだな」
「恩に着る。時に霧島女史、ここは一体何処なのだ?」
「言うまでもないが、私の家だ」
 聞くまでもないが一応聞いてみた。常識からいって運ぶとすれば自宅だと推測していたから、返ってきた答えは予想通りの答えだった。
「そうか。部屋に泊めてもらえたでなく食事まで用意してくれるとは、有り余る恩であるな」
「勘違いするな。仕事場で身元不明の素浪人に餓死されたとあっては、評判がガタ落ちだからな」
 そう言い終えると、霧島女史は私の為に用意した食事を置き、部屋を後にした。
「やれやれ、私は厄介者ということか……」
「そんなことないと思うよ。だってお姉ちゃん、今まで誰も泊めなかったお父さんの部屋に泊めたんだよ。それなりに大佐を気に入っているってことだよ」
「そう言ってもらえると心強いな……って、何故私が大佐なのだ?」
 素朴な言動に私は疑問を抱く。私が敗戦で職を失った退役軍人にでも見えたのだろうか。
「キミの声が赤い彗星のシャア大佐に似ているからだよぉ〜。あたしは霧島佳乃かの、ヨロシクだよぉ〜」
 自己紹介を終え、佳乃という少女は部屋を後にした。それにしても私をこの部屋に泊めたということは、今はこの部屋は使われていないということなのだろう。という事は彼女等の父親は既に……。
(いや、余計な詮索は今はすべきではないな……)
 そう思い、私は彼女等の父についての言及は止め、出された食事を食べるのに専念した。食べ終わった後はそのまま床に就いた。


…第弐話完

第参話へ


戻る